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ヒメボクトウCossus insularis (Staudinger)

近年、関東以北、長野県、徳島県などで日本ナシやリンゴにおける被害が急速に増えている。しかし、過去にボクトウガ(Cossus jezoensis)、あるいはCossus japonicaとして報告されている果樹の被害はヒメボクトウによる被害と思われるものがある(中牟田ら、2007)。

分布:本州、九州、対馬(平嶋、1989)。寄主としてヤナギやポプラなどの林木やリンゴなどの果樹が報告されているが、このうち、我々はヤナギ、クリでの寄生を確認している。また、日本ナシの被害は2005年に徳島県ではじめて確認された(中西、2005)。

成虫:成虫の開張は4060mm。前翅は灰褐色で、黒い波状の線が複数見られる。ほぼ全身が鱗粉で被われている。触角は糸状である。羽化は6月から8月にかけて見られる。成虫の寿命は雄で5~9日、雌で6~7日、交尾すると雄で3~5日、雌で4~5日と短くなる傾向がある。成虫は午後羽化し、当日の夜には交尾する。

交尾:ヒメボクトウ成虫は夜行性で、交尾は通常夕方から夜間に観られるが、昼間でも飼育ケージを暗幕で被うなど暗くしてやると交尾する。雌成虫がコーリングを始めると、雄成虫は羽を羽ばたかせる。交尾時間は23.1±3.0分(941分)。

産卵:われわれの観察では雌成虫の蔵卵数は157卵に達する。産卵数は平均85卵(35135)で、20100個の卵が樹皮の割れ目などに卵塊で産まれる。産まれた直後の卵は淡い黄色だが、胚発生がすすむにつれて黄褐色に変化する。孵化が近づくと、顕微鏡下で卵殻をとおして孵化幼虫を見ることができる。孵化した幼虫は卵殻を摂食したあと枝や幹に穿入する。

幼虫:幼虫は背側が赤紫色〜赤褐色を呈し、樹木に穿孔する昆虫には珍しく集合して生息する。幼虫の集合は老熟幼虫まで維持され、蛹も複数の蛹が集団で見られる。材内に穿入した幼虫は材部を集団で摂食する。幼虫期間はヒメボクトウの生活史の中でもっとも長く、樹木を実際に加害する発育ステージである。幼虫で越冬し、6月初旬頃までに蛹になる。実験室内にて人工飼料で飼育すると60%は1年以内に羽化し、残りの40%は羽化まで1年半近くを要した。したがって、野外においても1年で羽化するものと、羽化までに2年要するものがあると推察される。

本種幼虫による被害は、集団での摂食、ヤナギでは樹液があまり滲出しないことなどにより、ボクトウガ幼虫による被害と区別できる。また、虫糞は穿入口から直接排出されるので、コウモリガによる被害とも区別可能である。幼虫は材部を集団で摂食するため、加害を受けた樹木は内部が空洞になり、ヤナギ類の場合は強風などで容易に折れてしまう。また、リンゴや日本ナシでは加害部から先が衰弱、枯死してしまう。

蛹:幼虫は老熟すると糸を吐いて繭を作り、その中で蛹化する。蛹は当初明るい茶色から黄褐色を呈し、羽化が近づくと濃い茶色に変化する。羽化時には蛹がその体長の3分の2ほどを樹木表面からその外側に出し、羽化後は蛹殻が樹上に残る。

天敵:ヒメボクトウの天敵に関する報告はこれまでにないが、我々が野外で採集した幼虫およびヒメボクトウに加害されたヤナギ材からヒメバチ科の寄生蜂Eriborus sp.E. niger Momoiの近縁種)が羽化したので、本種はヒメボクトウの幼虫寄生蜂と考えられる。

被害対策:成虫期を除いて樹体内に生息するため、有効な防除法がない。天敵線虫剤がヒメボクトウに対して農薬として登録されているが、処理が煩雑なためあまり実用的ではない。ヒメボクトウ雌成虫が放出して雄成虫を誘引する性フェロモンは、(E)-3-テトラデカニエニルアセテートと(Z)-3-テトラデカニエニルアセテートの95:5〜98:2混合物であると同定されており、合成のE-3-テトラデカニエニルアセテートは雄成虫を強く誘引することが明らかになっている(Chenら、2006)。この性フェロモンを用いた交信かく乱による被害対策技術が実用化され、2015年からかく乱剤が「ボクトウコン®ーH」として市販されている。

【参考文献】

Chen, Xiong, Kiyoshi Nakamuta, Tomoaki Nakanishi, Tadakazu Nakashima, Masahiko Tokoro, Fumiaki Mochizuki & Takehiko Fukumoto (2006) Female sex pheromone of a carpenter moth, Cossus insularis (Lepidoptera: Cossidae), Journal of Chemical Ecology, 32:669-679.

平嶋義宏監修 (1989) 日本産昆虫総目録、九州大学農学部・日本野生生物研究センター共編 

中西友章 (2005) 日本ナシで初めて確認されたヒメボクトウの発生、日本応用動物昆虫学会誌4923-26.

中牟田潔、Xiong Chen、北島博、中西友章、吉松慎一(2007) 日本産ボクトウガ科Cossus属3種の生態、森林防疫56:5-9.
 

なお、この文章は中牟田ら(2007)を一部抜粋、加筆したものです。