4.植物のCG
4.1 植物モデリングとCG
植物モデリングでは,形状を主とした植物のモデリングを扱う。
4.2植物モデリングの理論
(1)位相的(topological)構造モデルと幾何的(geometorical)構造モデル
位相的構造:分枝の数と順番などの植物の分枝についての基本的な情報である。
位相的構造は,木構造のリストなどで表現できる。
幾何的構造:植物の各要素の形状や位置についての情報であり,茎や幹の長さや太さ,枝の出る角度,葉,花,実の形,そしてそれぞれの座標位置などである。
同じ位相的構造を持つ植物でも,幾何的構造の違いによりまったく違ったものに見え,さまざまな種の表現が可能となる。
(2)HondaのモデルとAono and Kuniiのモデル
Honda(1971)は,非常に単純な位相的構造を用いて,幾何的構造のパラメータを変化させることにより様々な樹形パターンを作り出せることを示した。この研究は,CGにより樹木を表現できることを示した点で先駆的研究である。
Aono and Kunii(1984)も,同様な比較的単純な位相的構造で多くの植物がモデル化できることを示した。
(3)フラクタル
フラクタルは,部分的な構造の繰り返しにより,全体が部分的な構造と同じような構造を持つものであり,フラクタル構造をもつ自然物は多い。
フラクタル理論の創始者であるMandelbrot(1977)も,樹木がフラクタルであることに言及している。フラクタルを用いた植物のCGは,Oppenheimer(1986),Barnsleyら(1988)により作成されている。
(4)L-systemまたは生成文法システム
生成文法は,言語構造を記述するための表記法であるが,植物のように次々と同じようなパターンで成長するユニットの集合での分枝パターンの記述にも適している。生物学の分野での応用はLindenmayer(1968a,b)が最初であり,生長モデルなどへの生成文法の表記の応用をL-systemとよぶこともある。
L-systemを用いて植物の成長を記述するには,成長点がどのように変化するかを記述する必要がある。例えば初期値をeMとして,
M->(M)(M) (1)
M->eM (2)
という2つのルールを順番に適用すればよい。ここで,Mは成長点,eは節間を表す。また,()内の要素は,異なる軸に属する。
eM->e(M)(M) -> e(eM)(eM) -> e(e(M)(M))(e(M)(M)) -> e(e(eM)(eM))(e(eM)(eM))
)) -> e(e(e(M)(M))(e(M)(M)))(e(e(M)(M))(e(M)(M))) -> e(e(e(eM)(eM))(e(eM)(eM)))(e(e(eM)(eM))(e(eM)(eM)))
より一般的な例として,成長点が以下のような成長ルールの内のどれかをとる分枝モデルを考える。
そのままの状態(休止) M->M
成長点が伸長して節となる M->eM
枝別れする新たな成長点が生まれる M->M(M)
花,葉などを生ずる,あるいは死滅する M->F
ただし,Mは成長点,eは節間,Fは花あるいは死滅した成長点を表す。
L-systemを用いた植物のCGの例としては,Smith (1984),Prusinkiewiczら(1988),Prusinkiewicz and Lindenmayer(1990)などがある。Prusinkiewiczら(1988)は,草花のような小さな植物の成長が,少数のルールで記述できることを示した。ただし,われわれが目にする植物の多くは,せいぜい3,4次の軸構造を持つだけだが,各軸の成長パターンや時間的変化パターンは,必ずしも単純ではない。従って,実際の植物では,成長の記述は,単純な生成文法ルールでは難しい。
実際の植物の成長は,さまざまなルールから成り,また,時間とともにルールが変化すると考えられる。このような成長による複雑な位相的構造の変化を記述するには,複数の生成文法ルールを,各分枝レベルや,個々の枝で,時間的な変化に対応して確率的分布と組み合わせて適用すればよい。このようなルールと確率分布の組み合わせを,確率的L-systemとよぶ。上の例でも,それぞれのルールが適用される確率が,各成長段階で与えられれば,確率的L-systemによる位相構造に関する成長モデルが記述できることになる。
本物の樹木をモデル化しようとする場合,その成長を記録し,その分析から成長点の成長ルールや確率を導き出す必要がある。草花のように単純な形状の植物では,これは比較的容易であるが,複雑な形状をしている樹木の場合,どのようなルールを適用し,どのような確率を与えるかは複雑であり植物学的なアプローチが不可欠である。
4.3 植物学からのアプローチ
(1)Architectural Model
植物学分野の位相構造についての研究では,Halleら(1978)のArchitectural Modelが有名である。このモデルにより,非常に多くの熱帯の樹木の位相構造が約20数種類に分類できることが示された。熱帯の樹木のみでなく,一般的な植物の構造にもArchitectural Modelはある程度適用できる(Bell, 1991)。Architectural Modelの背景には,植物の形は,その成長点が成長あるいは消滅してきた過程の結果あるいは中間状態であり,成長点の性質が植物の形を左右するという考え方がある。
図 Architectural Modelの詳細 モデル名は,植物学者にちなんで付けられている。
(Tropical Trees and Forest, Halleら著より)
(2)De Reffye のモデル
Architectural Modelは,成長点の形成パターンの定性的モデルと見ることができるが,一方,De Reffye(1981a, b)は,コーヒーの木の成長点の成長過程や消滅過程が確率分布で表されることを示し,成長点の形成の定量的研究への途を開いた。このような,植物の成長点の形成過程の定量的研究に,Architectural Modelを結び付けることにより,De Reffye(1983)では,さまざまな植物モデリングが可能であることを示した。CG分野でも,高品質の植物CGを発表した(De Reffyeら, 1988)。このモデルから,有名な景観設計システムであるAMAP(Atelier de Modelisation pour l'Architecture des Plants)に発展している。
図 AMAPによる景観シミュレーション例 (c)CIRAD
(3)Physiological Ageを用いたモデル
以上の一連の植物モデリングは,実際の植物の測定や観察した結果から,確率的L-systemの分枝の確率的特性を見いだした非常に貴重な例であると言える。
Architectural Modelでは位相的構造が20数種に固定されているが,より柔軟な位相的構造モデルとして,De Reffye(1991)らはPhysiological Ageを用いたモデルを開発した。このモデルでは,図3のように基準成長軸(Reference Axis)を仮定し,樹木の成長点の位置に応じて,基準成長軸との対応関係を定める。基準成長軸でのパラメータとしては,成長点の成長や消滅を記述する確率分布,分枝の確率分布などがあり,測定データを用いることも可能である。また,パラメータ間の補間を行うことにより,少ないパラメータ数で複雑な構造の樹木成長の記述も行える。高次の軸(あるいは枝)が,成長した低次の軸に似た性質を持つことや,枝の枯れ上がり,枯れ下がりなどの,細かい成長点の変化もこのようなモデルにより記述することができる。Physiological Ageを用いたモデルは,確率的L-systemによる成長ルールと確率の記述を,効率的に行うモデルであるとも言える。
4.4 景観シミュレーションへの応用
CGによる景観シミュレーションにおける従来からの第一の問題点は,植物の形状を精巧にモデリングすることが難しく写実的描画が不十分であることであった(塩田ら, 1982)。上述のように植物モデリング技術の進歩により,景観予測に使用できるレベルのモデルが開発され,この問題は解決された。
景観予測を行うためには,植物,地形など景観要素の作成機能,要素を景観内に配置する設計機能,そして,最終的な画像として表示するための可視化機能が必要である。このような機能を持つ景観設計システムにはAMAP(Atelier de Modelisation pour l'Architecture des Plants)がある(本條, 1991)。
環境アセスメントなどでは,正確な情報に基づいた景観シミュレーションが必要であり,地理情報システム(Geographic Information System, 以下GIS)と景観シミュレーションシステムとのリンクにより,これは可能となると考えられる。GISによりデータベース化された森林情報とAMAPとの組み合わせによる森林景観シミュレーションが,斎藤ら(1993)により行なわれている。
また,実データを用いて,公園景観を再現する試みは,森本(1992)により糺の森,桂離宮庭園などについて行なわれている。
図 GISと植物モデリングを用いた東大演習林の景観シミュレーション(斎藤ら)
図 大学キャンパスの可視化(本條)