園芸家のための系統分類学入門(暫定版)

  1. はじめに
  2. 分類学と命名法
  3. 系統分類学とは
  4. 系統分類学と学名
  5. 最新の系統分類学
  6. 参考文献

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はじめに

2005年2月20日

学名・分類・進化、これらはすべて関係があることは何となくお分かりのことと思います。ここではそれらの関係を説明し、最近大きく変わりつつある植物の分類について、また園芸植物の学名が度々変わるのはなぜなのかなどを書いていきたいと思います。

分類学と命名法

2005年2月20日

分類学(taxonomy)と命名法(nomenclature)はどちらも名前を決めることに深く関わっていますが、同じものではありません。「新種の植物に名前をつけた」ことに対しその植物を「分類した」などと一般の会話ではあまり区別せずに使っていますし、普段は特に問題もありません。しかし、この二つは全く違う行為だということをまず頭に入れてください。

私の解釈では分類学とは生物をいろいろなデータを使って似た者同士のグループに寄せ集め、ある秩序を作ることです。グループに分けること自体には名前を付けることは含まれません。しかし、他人にそのことを伝えようとするためにはどうしても名前が必要になります。そこで登場するのが命名法です。

命名法は分類学によって作られたグループにある規則に従って名前を付けることです。ところが困ったことに規則がない場合があります。例えば、植物の「(標準)和名」がそうでして、極端なことを言えば付けた者勝ちという状態になっています。まあ、実際には多くの人に受け入れられないと広がることはないのでそれほど問題にはならないのですが、規則がないことは事実です。学名の方は「国際植物命名規約(International Code of Botanical Nomenclature)」というものがあって、万国共通の規則に従って付けることになっています。動物は動物で別の規約がありますので、ときには同じ名前が別の生物につくことがあります。最も有名で身近な例として植物ではアセビ属、動物ではシロチョウ属のPierisがあります。分野間の交流が進むに従いこれでは不便なことがあるために、これらを統一しようという動きがあるようです。

系統分類学とは

2005年2月20日

さて、肝心の系統分類学とは簡単に言うと進化の道筋を考慮した分類学です。かつて、植物の分類は純粋に形をもとにしたものでした。リンネ(1753)の24綱といえば、近代的な植物分類法の草分けとして有名です。確かに、雄ずいと雌ずいの数をもとにしていますので、客観的ではあるのですが、数だけに頼っていますので、やはり人為的であることには変わりありません。雄ずいの数という形質を選ぶという行為に人間の主観が入ってしまった訳です。このように、植物の分類は多かれ少なかれ人間の主観が入り込む余地がありました。

一つ付け加えると、もともとリンネの時代には進化という考え方は存在しなかったので、分類とは神様が作った秩序を人間が解読するという行為だった訳です。また、分類の元になる指標は形態(と、強いていえば薬用や食用などの実用性)しか選択肢はありませんでした。

ところが近年、植物のDNAを調べることが容易になり、形態以外の多くのデータが集まるようになりました。DNAには中立進化説と言われるものがあり、DNAの塩基配列は環境に左右されることなくランダムに変化するという考え方が支持されています。従って、DNAの塩基配列の変化を追っていけば人間の主観を排除した類縁関係の構築ができることが期待されます。

ただ、系統分類はDNAを使わなければいけないということはありません。形態や含有成分などの形質を使って系統分類を行うことも十分可能ですし、実際に行われています。問題は、先に書いたように形質の選択という点で研究者の主観が入らざるを得ないので、DNAの塩基配列などを使った方がより客観性の高い結果が得られるということです。DNAのデータを使った系統分類は分子系統分類と言うことがあります。

さて、従来の分類と系統分類の具体的な違いを挙げてみましょう。従来の分類では花と果実の形態を重視します。花や果実は子孫を残すための重要な器官であるので、その形態が突然大きく変化することはなく、植物の進化してきた道筋を比較的よく残していると考えられていました。一例として、花の形を重視した離弁花/合弁花という分類が植物の大きなグループ(分類で亜綱という単位です)とされていました。今でもほとんどの植物図鑑はこの分け方をしています。ところが、DNAを用いた研究でこの分類はきわめて人為的であることがわかりました。たとえば、合弁花の代表ともいえるキク目と離弁花で最も進化していると考えられていたセリ目が実は近縁であったりします。実は、合弁花という形質はたった一つ(あるいは数個)の遺伝子の変異で制御されているようで、進化の道筋の中で何度も独立に起きてきたようなのです。

また、生物には平行進化というものがあり、環境が似ていると形態もその制約に従って似てしまうという事実があります。よく知られているのは南北アメリカ大陸の乾燥地のサボテン科(Cactaceae)やギボウシ科(Agavaceae)の植物とアフリカ大陸乾燥地のトウダイグサ科(Euphorbiaceae)やツルボラン科(Asphodelaceae)の多肉植物の平行進化で、別の系統の植物がお互いによく似ています(ギボウシ科とツルボラン科はかなり近縁ですが)。花や実の形も花粉媒介者や種子散布者に合わせて割と簡単に変化するようで、この点でも形だけに重点を置く分類は適当ではないことがわかります。

このように、系統分類は植物学の中でもいま大変注目されている分野です。新しいデータが毎月のように出てきており、目から鱗が落ちるような発見もされています。分子データを考慮した分類が定着するのにはあと20年ぐらいはかかると思われますが、このサイトで継続して最新情報を伝えていきたいと思っています。

系統分類学と学名

2005年2月20日

それでは、学名の話に移りましょう。まずは学名の歴史から。

リンネ(1753)は「植物の種」の中でその当時一般的だった長い学名の他に、左右の余白にその種を特徴づける単語を一つだけ選んで書き出すことをしました。これが便利であったので、次第に属名とその一つの単語「種小名」を合わせて種の名前にすることになりました。これが今使われている学名です。

例として「植物の種」の一部を見てみましょう。
リンネの「植物の種」のErinus属のページです
これはゴマノハグサ科のErinus属の記載です。Erinusは草本植物で、ここにあげた4種のうち現在では1のErinus alpinus以外は別の属に移動しています。上から

  1. E. floribus racemosis (E. alpinus)
  2. E. floribus lateraribus sessilibus, foliis lanceolatis subdentatis (E. africanus)
  3. E. foliis lanceolato-ovatis serratis (E. peruvianus)
  4. E. foliis laciniatis (E. laciniatus)

の4種となっています。ここで括弧内に書いたのが二名法を使った学名で、これらの単語が左の欄外に書いてあるのがわかるでしょう。リンネ以前はこの括弧に入っていない、長い名前を使っていた訳で、いったい同じ植物のことなのかどうなのか、一目ではわからなかったことが容易に想像できます。

続く

最新の系統分類学

もうしばらくお待ちください。

参考文献

Linnaeus. 1753. Species Plantarum.


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2005年2月20日公開、2005年3月18日更新 ICBNがIC"Plant"Nになっていたのを修正しました。

國分 尚
hkokubun@faculty.chiba-u.jp