<略歴>

岩手県遠野市出身/岩手大学大学院農学研究科修士課程修了/名古屋大学大学院農学研究科博士課程満了/ワシントン大学生物学科(アメリカ合衆国ミズーリ州)/(株)植物工学研究所・博士研究員/国立遺伝学研究所・助手となる。次いで、(財)岩手生物工学研究センター・主席研究員を経て、1998年千葉大学大学院自然科学研究科の助教授として赴任、2009年4月より園芸学研究科の准教授に配置換え。2014年4月より教授。


<研究経緯>

専門は植物育種学、植物分子遺伝学、植物分子分類学。
学生時代から植物の進化に興味を持ち、博士論文のテーマは、「ダイズの起源」、その後、生活のために渡米して、遺伝子組み換えの仕事に従事する。それ以来、「植物の種分化」および「遺伝子組換えによる園芸植物の改良」に関する2つの研究に取り組んでいる。

 私の種分化に関する研究の特徴は、特定の植物に固有の現象を解析するのではなく、すべての植物に共通して適応できる技術を開発することである。PCR法を用いたDNAフィンガープリント法(ALPHA法1990)、植物の葉緑体の進化を解析するためのPSID (plastid subtype identity) 配列 (1997)、新たなゲノムウォーキング法 (Straight walk 2005)、真核生物の種に特異的なアミノ酸配列の解析法 (2010)などである。これらの手法を駆使し、園芸植物の種分化を解明することを目標としている。

 また、アメリカ留学中に習得した遺伝子組換え技術を用いた研究もおこなっている。遺伝子組換え技術は、植物の遺伝子の機能を解明するための基礎実験に必要であるが、ストレス抵抗性など有用な形質を付与した園芸植物を作出するためにも有効である。また、植物のバイオマスを増大させるための遺伝子組換え技術の開発も試みている。

 ヒトの全ゲノム配列を解読できるようになって10年、植物においてもシロイヌナズナ,イネなど次々と全ゲノム配列が解明されている。生物の種を決める仕組みは、ゲノムに書き込まれているはずであるので、簡単に分かると予想されていたが、まだ、糸口さえ明らかになっていない。種や形態を決める仕組みは、ゲノム配列のなかに巧妙に暗号化されているのである。  

生物の種を決める共通な仕組みがあるならば、 普遍的に存在するタンパク質に種に特異的なアミノ酸配列が存在すると考えられる。そのような観点から検索した結果、RNAポリメラーゼ I 複合体の最大サブユニット(POLA1)の C-末端領域に種に特異的なアミノ酸 (Protein tag: PTAG) 配列(約370 aa)が含まれることを見出した。このPTAG配列の機能はまだ解明されていないが、リボゾームRNA遺伝子にある種特異的な ITS配列の認識に関与していると予想される。

コムギーエギロプス属植物のPTAG配列を解析したところ、木原(1941)によって提唱されたパンコムギの起原説を支持する結果を得ている(図1)。また、クサビコムギのSSゲノムは、オオムギおよびコムギ属の祖先種間の浸透交雑により起原し、GGゲノムの起原に関与したことを示唆する結果を得た(図2)。オオムギ属に由来するPTAG配列がコムギ属による浸透交雑を経てもオオムギ属の特徴を残している理由は、PTAG配列をコードする遺伝子領域の組換えが抑制されているためであると考えられる。

植物のPTAG配列は、PolA1遺伝子の第19エキソン〜第21エキソンにコードされているので、PTAG配列をコードするNTAG配列の組換えが抑制されているならば、第19および20イントロンのDNA配列も組換えが抑制されると考えられる。実際、コムギ属のA, B, Dゲノムの第20イントロンをPCR増幅したところ、それぞれのゲノムに特異的なPCR増幅産物が得られた(図3)。

本研究では、さまざまな園芸植物におけるPTAG配列や第19・20イントロン配列の解析をおこない、特に複二倍体化や浸透交雑による種分化の解明を試みる予定である。

図1 コムギ-エギロプス属植物のPTAG配列による分子系統樹(NJ法)

AおよびDゲノムについては、それぞれ同じクレードに属しているが、Bゲノムについては、Sゲノムに属する1種(Ae. bicornis)の一部の系統が相同な配列を保持していた。一方、クサビコムギ (Ae. speltoides)などのほとんどのSゲノム種は、オオムギ属と近縁なPTAG配列を保持している。

図2 コムギ-エギロプス属各種の種分化   

に関する模式図


Bゲノム祖先種は、Sゲノムの起原に関与した可能性が高いが絶滅したと考えられる。Sゲノム各種は、コムギ-エギロプス各種による多様な浸透交雑を経て成立したと考えられる。

図3 パンコムギの成立に関与した種の  

PolA1遺伝子第20イントロンのPCR増幅.

T. urartu (lane 1), Ae. bicornis (lane 2), Ae. tauschii (lane 3), 二粒コムギ(T. turgidum)のAゲノム (lane 4), B ゲノム(lane 5), パンコムギ (T. aestivum) のA ゲノム(lane 6), B ゲノム(lane 7), Dゲノム(lane 8), クサビコムギ(Ae. speltoides, lane 9)

研究内容:種分化に関する研究

教授 中村 郁郎(Ikuo Nakamura

メール:inakamur(*)faculty.chiba-u.jp

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