主な研究課題


1.植物の分布と環境

 これは自然保全生態学の基礎として重要な課題である. わが国は温帯域に位置するにもかかわらず冬期の季節風や多雪条件が厳しいので, 山岳上部の植物は強風や多雪と対応した特有の分布形態を示す. したがって,研究も山岳上部の植物を中心としている.

 わが国の山岳上部を代表するハイマツ群落の分布は冬期の強風や多雪と密接に関連してることを明らかにした. この研究は,わが国のハイマツ群落の分布や更新の特徴を世界的な位置づけの中で初めて明らかにしたもので, それ以後のわが国の山岳植生の分布や更新の議論に大きな影響を与えた. 同様に,森林限界付近に成育するダケカンバの分布や形態は 冬期季節風に対しての風上,風下斜面で異なっていることをフィールドデータから明らかにした.

 地形,土壌が複雑なわが国では,植物の分布もそれに合わせて複雑になる. 谷頭部や河川敷における地表面の動きが森林群落の構造や更新に影響を及ぼしていることを 現地調査に基づき明らかにした.また,亜高山針葉樹林域では, 岩礫斜面の存在が針葉樹やその林床植物の分布に違いをもたらすことを調査データに基づき示した.

 その他,千葉県が位置する暖温帯北部で,北斜面で落葉広葉樹, 南斜面で常緑広葉樹が優占し,森林の構造や更新もそれに対応して異なることを示した. この研究は東京付近の都市域の緑地保全,管理の重要な基礎資料となる.

2.森林群落の更新動態

 これも自然保全生態学の分野では重要課題で,多方面からの研究報告がある. 森林の更新動態を的確に把握するためにはそれぞれの森林タイプの特徴に合った視点や踏査が重要で, この点が研究の特徴である.

 暖温帯の残存林の更新動態を理解するためにいくつかの樹種について 単種子レベルで生産を検討したところ,サイズや樹齢,枝の向きなど, 樹種によって影響を与える要因が異なっていることが明らかになった. これまで単木レベルでの種子生産の調査例は少なく,貴重な資料であると共に, 都市域の残存林保全の重要な資料となる.

 わが国の冷温帯林を代表するブナ林の更新動態については, これまで日本海側の研究例しかなかった. そこで,太平洋側のものも含めて広い範囲で調査したところ, 太平洋側のブナ林は更新が悪く,衰退して行く可能性があることを初めて指摘した.

 わが国での冷温帯ではもはや貴重なものとなりつつあるハルニレ林の更新動態を調査したところ, ハルニレの更新には小規模な河川氾濫など,適度な攪乱が必要なことが明らかとなった. ハルニレの更新についてはこれまで殆どわかっていなかったので,貴重な研究である. この研究は北東アジア大陸域のハルニレ林との比較の手がかりとなるものであり, 今後は比較研究を進める予定である.


3.グローバルスケールでの植生動態

 ロシア共和国極東域や中国などでのフィールドワークに基づくもので, 最近最も力を入れている研究領域である. きっかけとしては1992年以後,ロシア極東域に比較的自由に入れるようになったことがある.

 しかし,ロシア極東域でのフィールドワークは厳しく,取り組む研究者は少ない. それだけにわが国では研究例は未だに極めてわずかで,ここに挙げる業績が わが国の研究成果の大部分といってもよいほどである. それだけに研究の独自性は極めて高い.

 ロシア沿海州シホテ−アリニ山脈でのキャンプを続けながらのフィールドワークに基づき, 北東アジア大陸部のチョウセンゴヨウ−落葉広葉樹混交林の生態から 北海道の針広混交林の成立と位置づけを明らかにした. この研究は,わが国と大陸の森林の構造や成立の違いを初めて指摘したもので, わが国の森林植生の成立過程や位置づけを議論する上で極めて重要なものである.

 さらに,中国長白山やサハリンにおける針葉樹の更新動態や成立機構, 植生地理学的位置づけも明らかにした.カムチャツカ半島や北千島の森林限界付近を中心に, 厳しいフィールドワークの中からグイマツ,ハイマツ,ツンドラ植生などの植生動態を検討した.

 以上の研究はこれまでわが国では例が無く,独自性が高い. 温暖化などの地球環境問題に対する北方植生の応答を検討する場合にも多くの知見をもたらすと期待される.

 このほかに,北極域での植生動態やフィリピンでの山岳植生垂直分布の研究など, 熱帯から北極までグローバルスケールで植生動態の研究を展開している.


4.日本列島の植物群の変遷

 上記の課題が空間的に大きなスケールのものとすれば, この課題は時間的に大きなスケールでの研究である. これも,地球環境問題の深刻化に対して重要な指針を与える.

 最終氷期以来の日本列島の植物群の変遷を環境変化と対応させて検討したところ, 植物群はかなり激しい変遷を示し, 現在の植生は現在の環境と対応した一時的なものであることが明らかになった.

 また,現在の針葉樹の分布生態の解析から, 最終氷期には現在とはかなり異なる植生分布が日本列島に見られたこと, およびそれが現在に至る変遷過程を明らかにした.

 こうした研究は,将来の植生分布を予測する場合, 現在の植生分布からだけで検討することは危険であり, 過去からの変遷を十分に踏まえることが重要であることを示している.


5.都市域の緑地保全に対する生態学的研究

 居住空間としての都市域に分布する緑地の生態を理解することは, 生活環境の向上や都市環境の保全のうえで極めて重要である. そうした研究として,都市域における樹木の種子生産, 緑地と動物の関わり合い,酸性降下物と植物との関係などがある.