微生物化学Q&A2009 of bikou

千葉大学園芸学部•園芸学研究科
Research Group of Microbial Engineering

1月26日(第13講)

Q:オルガネラゲノムについて
ミトコンドリアや葉緑体は、10億年以上前に細胞内に共生したバクテリアの末裔であると考えられています。その証拠の一つに挙げられているのが、ミトコンドリアや葉緑体の中に見つかる固有のゲノムDNAであり、それらにコードされる遺伝子はバクテリアの遺伝子と良く似ているのです。バクテリアのゲノムには数千個の遺伝子がコードされていることが普通ですが、ミトコンドリアや葉緑体のゲノムには数十から、多くとも200−300程度の遺伝子しか見つかりません。DNAのサイズも非常に小さく、例えば普通のバクテリアの数十分の一しかありません。これは長い進化の間に、多くの遺伝子が核ゲノムに移行してしまい、細胞質で合成された後にミトコンドリアや葉緑体に輸送されるようになっています。葉緑体RNAポリメラーゼのシグマ因子もそのようなタンパク質の一つで、核側から葉緑体遺伝子発現をコントロールする仕組みになっていることは説明した通りです。ミトコンドリアや葉緑体のゲノムはこのように非常に小さくなっているのですが、一つのミトコンドリアや葉緑体あたりのゲノムの数が非常に増えていて、DNAの量自体は余り減少していません。同じゲノムのコピーが沢山含まれているのです。さらに、これらがバラバラに存在するのではなく、一つから幾つかの固まりにまとめられて染色体のような構造を作っていることも判っています。エンドウマメの葉緑体内に光って見えていたのは、このような一つ一つの固まりです。
Q:細菌バイオフィルム形成時の遺伝子発現について
これは極めて複雑な問題で、クオラムセンシングの機能が初期の遺伝子発現調節に効いているのは間違いのないことです。また、様々な転写因子やシグマ因子など、あらゆる遺伝子発現調節系が総動員されて、段階的な遺伝子発現の遷移を引き起こしているはずです。明確な答えになっていませんが。

12月22日(第11講)

Q:微生物のサイズについて纏まっている本があるでしょうか?
いろいろな微生物学の教科書をみてもらえれば、最初の方にいろいろ書いてあると思います。一つの基準になるのは大腸菌のような桿菌で、直径が1ミクロン、長さが3ミクロン程度でしょうか。この直径は余り変化しませんが、長さは生理状態で非常に変わります。極端に短くなって球形になったような形が球菌に近く、直径1ミクロンくらいの球菌は沢山あります。ファージにも、大型のT系ファージなどは0.2ミクロンくらいですが、形態や大きさも千差万別です。これもウィルス学の本を参照して下さい。海に多いピコプランクトンといわれるバクテリアなどは0.2-0.3ミクロンしかないものもあります。ニトロセルロースやナイロンなどのフィルターで微生物を濾過し、滅菌する実験操作がありますが、この際に使うフィルターには0.45ミクロン、あるいは0.22ミクロンの穴があいています。もともと、このようなフィルターを通る病原体をウィルスと名付けたのですが、小型のバクテリアはこのようなフィルターも通ってしまうのです。
これらに比べると真核細胞は非常に大きくて、酵母でも例えば10ミクロン弱。動物植物ではもう一桁大きいものも普通です。小さい真核細胞では、私達の研究室で扱っているシゾンなどは真核なのに2−3ミクロンしかありません。逆に大きなバクテリアでは600ミクロン(!)というのも見つかっています。まあ、例外もあるということです。
Q:リボゾームをつくるための遺伝子はゲノム中に何カ所もあるのですか?
リボゾームはRNAとタンパク質の複合体です。バクテリアと真核生物で細かい構成や大きさは少し違うのですが、大まかなところは同じで、二つの複合体(大粒子と小粒子)から構成され、これらそれぞれにRNAとタンパク質が含まれます。リボゾームを構成するタンパク質には数十種があり、それらが23S, 16S, 5S(バクテリアの場合)と呼ばれる3種のリボゾームRNAと結合しています。殆どのリボゾームタンパク質は単一の遺伝子にコードされ、mRNAに転写された後に翻訳されて合成されます。しかし、リボゾームRNAについては複数コピーがゲノム上にコードされており、3種のRNAがオペロンとしてセットで転写されたのち、切り離されてそのままリボゾームに入ります。例えば、大腸菌では7コピー、枯草菌では10コピーの遺伝子があります。これは、リボゾームRNAがそのままリボゾームの構成要素となるので、十分な合成速度を得る為には遺伝子コピーを増やすしかないからと考えられます。リボゾームRNA遺伝子を一回転写しても、一個のリボゾームを作ることしかできません。しかし、リボゾームタンパク質遺伝子を一回転写すると、一分子のmRNAから沢山のタンパク質を翻訳することができる。そういう差だと考えられます。
Q:ミトコンドリアの母性遺伝について
授業の内容とはかなり外れますが、ミトコンドリアDNAが母親からしか子供に伝えられない点についての質問がありましたので書いておきます。人間を含む動物細胞や、他の真核細胞の中にはミトコンドリアと呼ばれる細胞内小器官があって、TCAサイクルや電子伝達系により細胞内でのATP生産に関わっています。このミトコンドリアは進化的には、細胞内共生したバクテリア(リケッチァに近いアルファプロテオバクテリア)の子孫と考えられている。ミトコンドリアは固有のゲノムDNAを持っていて、これが細胞核のゲノムと独立に維持(複製、修復など)されているのは、かつてバクテリアであった名残と考えられます。さて、このミトコンドリアDNAは、主にミトコンドリアにおける呼吸機能に関連した遺伝子をコードしているのですが、細胞核のゲノムとは異なった遺伝の仕方をします。(これらの遺伝情報が、細胞核とは独立しており、細胞質(細胞内小器官)に存在することから、「細胞質遺伝」とも呼ばれます。)細胞分裂の際には、核ゲノムとミトコンドリアゲノムは別個に複製され、それぞれが娘細胞に分配されていきます。それは良いのですが、有性生殖の場合、つまり雌雄の配偶子(精子と卵子ですね)が受精して受精卵ができる際に、オス側(精子)のミトコンドリアのDNAが消去(分解)されてしまうことが判っています。従って、父親のミトコンドリアDNAは子供に伝えられることがありません。これを母性遺伝と言います。卵子に比べると精子のミトコンドリアのDNA量は少なく、その結果として精子のミトコンドリアDNAは伝わらない、と最初は漠然と考えられていましたが、実際には父親由来のミトコンドリアDNAを積極的に消去する仕組みがあるようです。その意味については、未だに諸説がある、というところだと思います。

12月15日(第10講)

Q:細胞内の修飾酵素(メチラーゼ)はファージのDNAもメチル化して保護してしまうのでは?
ファージDNAが細胞内に侵入した直後、ファージDNAはメチル化されていませんので、ここでは制限酵素の攻撃を受けます。一定時間、たまたま制限酵素に切断されないファージDNAがあれば、当然ながらメチル化を先に受ける可能性もあり、この場合は制限酵素の攻撃を受けず、ファージは免疫を突破して増殖してしまうことになります。これは確率の問題になります。ついでながら、このようにして増殖してしまったファージは、同じ種類のバクテリアの制限修飾系の影響は受けなくなり、自由に増殖することができるようになります。
Q:ファージは生きているのでしょうか?また、生きているとしたらファージの死とは何でしょうか?
いろいろな見方があると思います。増殖できなくなることが死だとすれば、例えば尾部や足がファージから取れてしまい、バクテリアに吸着できなくなれば、このファージは死んでいることになります。しかし、この死んだファージからDNAを抽出し、物理的な手法(エレクトロポーレーションなど)で細胞内にDNAを導入することができれば、このDNAは殻を再生産して、再び感染性のあるファージ粒子を作ることができます。これは生き返ったといえるのでしょうか。勿論、DNAが配列情報を失うまで壊れてしまえば、どうにもなりませんね。しかし、これにしてもDNA分子における出来事ですから、生きている、死んでいるという私達の直感的な感覚は、細胞レベル以上の生命体に適用すべき概念に思えます。
Q:ウィルスは増殖し過ぎると宿主の死を招きますが、ウィルスの生存戦略との関係は?
ビルレントファージの場合、感染した細胞内で増殖以外の選択はなく、宿主の死に向かってプログラムが進行します。しかし、周辺に見つかる宿主を食べ尽くしてしまうと、そこでファージも増殖不能に陥ります。テンペレートファージでは、溶原化することにより宿主と共存する道があり、このように染色体上に組み込まれることにより、どのような場合でも子孫を残すことができるような戦略を取っています。この場合に面白いのは、一旦ファージが溶原化すると、そのバクテリアは同じファージが後から感染してきてもファージに耐性になります。これをイミューン(免疫)と呼びます。人間に感染するようなウィルスの場合、例えばエボラウィルスは非常に恐ろしく、感染した人間はすぐに死に至ります。ビルレントです。しかし、実際に人間に大きな脅威となっているのはエイズウィルスのように、宿主細胞の中に入り込み、後からジワジワと発病する(テンペレート)ウィルスです。蔓延する強さというのは、後者の方が明らかに強力です。
Q:F因子を持った細胞から、F因子を持った細胞にさらにF因子が伝達され、複数コピーになることがあるのでしょうか。
これはF因子のコピー数コントロールの問題です。F因子も細胞内で複製され、次世代の細胞に引き継がれていきます。その際に、細胞内のF因子のコピー数は厳密にⅠコピーに制限されています。一時的に2コピーになったとしても、引き継がれていく際にⅠコピーに制限されてしまいますので、結果、Ⅰコピーのみが受け継がれていきます。F因子と似たプラスミドにR因子がありますが、F因子とR因子が干渉することはないので、これらは独立にⅠコピーとして受け継がれていきます。

12月8日(第9講)

Q:プラスミドが他の細胞に移動するメリットは何でしょうか?
バクテリアはそれぞれ、固有の生存戦略をもって生きています。いろいろなバリエーションのある宿主に入り込み、そこで増殖することが可能であれば、プラスミドにとってもコピーを未来に残すチャンスが広がると考えることができます。
Q:トランスポゾンが移動すると、移動元、移動先の遺伝子はどうなるのでしょう?
トランスポゾンには色々な種類があって、コピーペースト型の転移をするものや、カットペースト型の転移をするものがあります。カットペースト型の場合、移動してしまった場所には、フットプリント(足跡)と呼ばれる特徴的な配列が残される場合があります。また、転移した移動先に遺伝子があれば、これは当然破壊されたり、大きな影響を受けることが考えられます。

12月1日(第8講)

Q:DNAポリメラーゼとRNAポリメラーゼの特異性
DNAポリメラーゼもRNAポリメラーゼ(ここではDNA依存RNAポリメラーゼ)も、DNAの特定の構造(配列)を認識して結合し、3'->5'の鋳型配列情報をもとに5'->3'の向きにヌクレオチドを連結していきます。この点はどちらも同じです。しかし、DNAポリメラーゼでは合成の開始のためにプライマーとなる3'の-OHが必要となります。これはPCR反応の際に、一本鎖DNAにプライマーが結合しているようなケースを考えればよく、通常の細胞内ではDNA複製フォークにおけるRNAプライマーや、DNA損傷箇所の修復時など、限定した場所でのみDNA合成が開始されるのはそのためです。一方、RNAポリメラーゼはそのような3'-OHを合成開始に必要としません。でも鋳型さえあれば、どこからでもRNA合成が始まってしまうかと言うと、そんなことはありません。プロモーターと呼ばれるような特異的なDNA配列にRNAポリメラーゼがリクルート(引き寄せ)され、合成反応が開始されることにより、決まった場所でのみRNA合成が起こるようになっています。このような違いが生じた本当のところの意味は、まだ理解されていないのではないかと思います。
Q:E.coli は世代時間が短いので、「進化した」E.coliは沢山存在するのでしょうか。また、O-157は進化したE.coliなのでしょうか?
E.coliのようなバクテリアは世代時間が確かに短く、棲んでいる環境に合わせて「進化」していく速度も速いことが予想されます。したがって、現在までに起きうる進化は既に進んでいると考える方が実情にあうのではないでしょうか。現在に生存しているバクテリアは既に環境中で「流線型」に最適化されてきた。これを実験室に持ち込んで飼い続ければ、それは新しい環境に適応した変化が起きていきます。しかし、大腸菌としてのアイデンティティというか、コアの部分は余り変わることがなく、ゲノムシステムのうちでも周辺部が激しく変化していくようです。自然界ではファージやプラスミドを介した遺伝子の「水平移動」が頻繁に起きていて,コア以外のゲノムは流動性に飛んでいる。O-157の病原性などは、ファージが持ち込んできたようです。遺伝子一つ一つの進化や変化、バクテリアゲノムの進化や変化、いろいろなレベルで様々な変化が繰り返されていきます。多くの微生物のゲノム配列が現在明らかにされつつあり、これまでの概念とは外れる実体が明らかにされてきています。その上で、「進化」とは何かを考え直す必要があるのでしょう。答えになっていますか?
Q:ゲノムにコードされた遺伝子は一つ一つ個別に制御されるものでしょうか?
これは、その通りです。バクテリアでは、幾つかの遺伝子(タンパク質をコードする領域)がひと繋がりのmRNAとして転写されるケースが多く、これらは一番5'側にある遺伝子の頭についているプロモーターにより一括制御される。これがオペロンという考え方です。しかし、さらに細かく見ていくと、一番頭のところのプロモーター以外にも、2番目や3番目の遺伝子の頭に別のプロモーターがついていたり、5'端で始まった転写が途中で止まってしまうようなことも頻繁に起きています。こういったことの組み合せで、結局はそれぞれの遺伝子は個別に制御されているケースが多いのです。また、mRNAができるだけが遺伝子のスイッチではなくて、mRNAができても、それが翻訳されてタンパク質ができるレベルでも個別の制御がかかる場合もあります。

11月17日(第6講)

Q:グラム陽性細菌と陰性細菌はどちらが先?
これは大問題です。細胞膜や表層の構造を見ると、グラム陽性細菌は細胞膜と、その外側に厚いムレインの細胞壁を持っています。グラム陰性では2層の膜があって、その間にムレインの細胞壁が挟まれている。これを見ると明らかにグラム陰性細菌の方が複雑であり、単純な構造ー>複雑な構造 のような一般的な考え方からすれば、グラム陰性がグラム陽性から進化したことになります。しかし、バクテリアの歴史は非常に長く、そのような古い時代の進化を考える上で、直感的な議論は意味がないことが多いのです。勿論、陰性細菌の方が新しいという議論が古くからありますが、生物の表面の膜構造は単純化する方向で進化してきた。グラム陰性が最初で、外膜を失ってグラム陽性に、さらに細胞壁を失って真核細胞に進化したなんていう説もあります。要するに、DNA配列を基にした系統解析などでは、どうとでも言える。どうして二重に膜があるのか等、まさに今後の課題です。

11月10日(第5講)

Q:中立的な突然変異?
従来、突然変異は生存に有利な変異、不利な変異という風に分類されてきました。しかし、DNA配列の変化が複製時のエラーや修復時に起こることを考えると、変異というのは有利だから、不利だからということで入る訳ではない。有利でも不利でもない変異もあるということで、中立変異というのが考えられます。しかし、有利不利という観点も相対的ですから、いろんな意味で議論は尽きていません。
Q:E.coli DNAの複製ミス、固定、突然変異
E.coliでは、特定の場所にDNA複製によるエラーが入る頻度は10のマイナス10乗くらいだと言われています。これは非常に低い頻度ですが、ゲノムの大きさが4,700,000-bpくらいですから、2000回くらい複製すると一カ所に間違いが起きるということを意味しています。大腸菌には4000くらいの遺伝子があるので、特定の遺伝子にエラーが入る確率は2000分の1のさらに4000分の1、大体、一千万分の1くらいでしょうか。これくらいの数の細胞を探せば、あらゆる遺伝子の変異株が含まれているのでしょう。しかし、このオーダーの数の細胞をスクリーニングするのは無理ですから、遺伝学的解析の際には変異率を上げる「変異誘起(ミュータジェネシス)」という処理をしてから変異株を探すのが普通です。

Q&Aの最終更新日 : 2012-01-11